| インタビュー!
CSJ: 日本へ行ったのは、太鼓を学ぶためだけ?
R:
そういうわけではないんです。もともとの目的は、自分の知らない、まったく新しい世界をみたい、ということでした。それで、日本人と一緒にいろんな活動に参加しながら、「日本語を勉強する」という名目で行ったわけです。
CSJ: 思い切って日本へ行った、具体的な動機は?
R:
新しい世界を見たいということのほかに、二つあります。
一つ目は、社会的責任を感じるようになってきたこと。当時、仕事もしていて、同時に大学生でもありました。付き合っている彼女もいて、いずれ自分も「パパ」と呼ばれる日がくるんだなぁということも感じはじめました。そこで、「今行かないと、もう一生行けない!」と思ったんです。
二つ目は、2年間警備員として働いて、お金が貯まっていたこと。
こうして、家族や友だちと、もう会えないかもしれない、くらいの覚悟を決めて、スイスにさよならを告げ、日本へ向かいました。
CSJ: 日本での生活はどうでしたか?
R:
最初の頃は、片田舎のおばあさんの家にホームステイしていました。しかし、あろうことか、3日後には、そこから追い出されてしまったのです・・・。幸い、ちょうど同じ頃日本にいた、ジュネーヴ大学の日本語の先生のはからいで、どうにか路頭に迷わずに住みました。
上京して、玉田師匠に出会い、すべてが始まりました。玉田氏は、友だちの紹介で、自分の家の近くに、僕の部屋を見つけてくれました。それだけではなく、全く想像もしていなかった、たくさんのことを見せてくれ、教えてくれました。今でも、とてもいい思い出です。
CSJ: 日本語は、行く前からできたんですか?
R: ジュネーヴ大学で、2年間、日本語の授業を受けました。でも、あまり真面目にやってなくて、授業は半分くらいしか出てなかったんです。日本へ行ったときの日本語のレベルは、よーく考えた後で、ゆっくりと短い文章が言えか言えないか、くらいのもので、「3時間」とか「500円」などの簡単な単語以外は、質問されても全く答えられないレベルでした。
CSJ: なぜ和太鼓?
R:
好きだから。それに、これが日本と自分をつなぐものだから、大事にしたい。太鼓を叩いていると、スイスにいる今でも、日本の友だちや風景、いろんな思い出が、鮮明に蘇ってきます。
太鼓は、僕の人生です・・・。
CSJ: 次なる夢は?
R:
ある程度安定した職業に就くこと。それから、自分の和太鼓チームを鍛えていくこと。今、初心者でがんばっている教え子たちが上達するまでは、まだまだ時間がかかることでしょう。
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